
母が抗がん剤治療を受けるために東京へ来るようになってから、僕も病院へ顔を出すことが増えていった。
治療の日が週末なら、そのまま会いに行く。
平日なら、有休を取って東京へ向かう。
毎回必ずというわけではなかったけれど、できるだけ顔を出すようにしていた。
親戚と面会の日が重ならないようにしていた
母のところには、僕以外の親戚も会いに来ていた。
だから、できるだけ同じ日に集中しないようにしていた。
誰かが行く日を聞いて、
「じゃあ、その日は任せよう」
という感じで、なるべく面会の日が重ならないようにする。
母からすれば、一日に何人も来るより、別々の日に誰かが来たほうがいいだろうと思っていた。
抗がん剤治療を受けているのだから、長時間話すことが負担になる日もある。
顔を見て、少し話して、帰る。
それくらいでよかった。
島ではできない治療のために東京へ
母が何度も東京まで来ていたのは、島の病院では抗がん剤治療ができなかったからだ。
治療を受けるためには東京の病院まで来なければならない。
治療だけでも大変なのに、そのために移動もしなければならない。
僕は静岡から東京へ向かった。
最初のころは、駅へ行ってその都度切符を買っていた。
何度も通っているうちに、
「毎回これをやるのも面倒だな」
と思うようになった。
そこで使い始めたのが、スマートEXだった。
新幹線をスマートフォンから予約できるようになり、駅で毎回切符を買う必要がなくなった。
さらに、au PAYの中に入っている Suicaも利用するようになった。
今なら当たり前のように使っているけれど、病院へ何度も通うようになったことがきっかけだった。
少しでも移動を楽にしたかったのだと思う。
病院で話すことは、いつも普通のことだった
病院に着いて母に会っても、特別な話をするわけではなかった。
「体調どう?」
そんなことを聞いて、あとは世間話をする。
最近あったこと。
家族のこと。
どうでもいいような話。
そして時間になったら、
「じゃあ、またね」
と言って帰る。
何か大切なことを話しておかなければ、なんて考えてはいなかった。
次もまた会えると思っていたからだ。
静岡から東京まで、往復1万円以上
静岡から東京まで新幹線で行けば、往復で1万円以上かかる。
せっかく東京まで来たのだから、どこかへ寄って帰ることもできた。
買い物をしてもいい。
何か食べて帰ってもいい。
でも、ほとんどしなかった。
病院へ行って母と話したら、そのまま駅へ向かって新幹線に乗る。
そして静岡へ帰る。
単純に疲れていた。
仕事をして、場合によっては有休を取り、新幹線に乗って東京へ行き、病院へ向かう。
面会が終わるころには、
「もう帰ろう」
という気持ちになっていた。
東京へ遊びに来ているわけではない。
だから寄り道をする気にも、あまりならなかった。
それを1年くらい繰り返した
抗がん剤治療。
東京。
病院。
面会。
新幹線。
静岡へ帰る。
そんな生活を、1年くらい繰り返していた。
当時は、それが特別なことだとは思わなくなっていた。
母が治療に来る。
予定を確認する。
仕事の日なら有休を取れるか確認する。
スマートEXで新幹線を予約する。
病院へ行く。
母と少し話す。
帰る。
また次の治療の日が来る。
それが日常になっていた。
今振り返ると、静岡と東京を何度往復したのか分からない。
交通費もかなり使ったと思う。
それでも、
「今日は行くのをやめよう」
と思った記憶はあまりない。
行けるなら行く。
ただ、それだけだった。
あのころは「次も会える」と思っていた
今になって思うことがある。
もっといろいろ話しておけばよかったのか。
もっと長く病院にいればよかったのか。
東京まで来たのだから、母と何か特別なことをすればよかったのか。
考えれば、いくらでも出てくる。
でも当時の僕にとっては、
病院へ行って、顔を見て、普通に話す。
それで十分だった。
なぜなら、次の抗がん剤治療のときにも、また会えると思っていたからだ。
「これが最後になるかもしれない」
なんて考えながら会いに行っていたわけではない。
次があると思っていたから、いつものように話して、いつものように帰った。
それを何度も繰り返した。
今振り返ると、その何でもない繰り返しそのものが、母と過ごした大切な時間だったのだと思う。

